Friday, January 5, 2018

2018年になっていたよ…。

ごきげんよう,カサハラです。

気づいたらブログの更新が全然出来ていないまま2018年が始まっています。
何と言うことでしょう。

あっ。今年もよろしくお願いします。

こうしていろいろと振り返る間もなく時が流れていく…。忙しさを感じます。


とりあえず今年は引っ越しするのでそれを機にしっかり貯蓄しようと思います。
これが一番。

あとは

□メインの職場は1日4コマまで
□穏やかな職場環境づくり
□専門書読む
□お弁当作る回数を増やす
□湯船に浸かる回数も増やす
□やっぱり転職活動するかも

という感じでゆるく生き延びていきたいです。
そしてそして,全国大会を見届ける。


どれくらいできたか,来年ちゃんと振り返ろう…。


何のブログなのかさっぱりわからん仕上がりですが,今年もどうぞよろしく。

Monday, December 11, 2017

Real Time




早く楽になりたかった…。

職場の忘年会も正直行きたくないわ。一人になることに直面化するだけだわ。はーぁ。



 

Thursday, November 23, 2017

フィギュアスケートの音源を探そう!2017晩秋

勤労感謝の日,ありがとう…。
労働するようになってから,この日のありがたみを感じます(´`)

さて。昨日一昨日あたりはだいぶ情緒不安定でしたが,なんか人生の危機を乗り越えたっぽいです。あーよかったー。

なので今日はだいぶ穏やかに過ごせました…。洗濯機にがんばってもらい,私は録画してある番組を消化しまくり。

そしてお給料も入ったので,以前から気になっていた楽曲の音源を購入してみたり。

そうそう。スケートを見てるといい楽曲に出会うのですが,外国の選手の曲だと日本では馴染みがなかったりするので,レンタルCD在庫数日本一と言われる渋谷のTSUTAYAでも取り扱いがないとなると購入するしか手がないのです。

さ,さんまいも買ってしまった…。でじたるみゅーじっくなので,ほんとに情報をお金で買っている感覚。

①Globusの【Epicon】というアルバムに入っている“Sarabande Suite”はロシアのセルゲイ・ボロノフ(中信地区のとある顧問の先生に似てると思う)と同じくロシアのジュニア選手アナスタシア・タラカノワが今シーズン使っていて,耳にする機会も多かったのです。なんか讃美歌とロックが混ざってる感じでカッコイイ。



②映画『モディリアーニ 真実の愛』のサントラから主題曲“Modigliani”を使用しているのはロシアの選手,アンナ・ポゴリラヤ。私この選手地味に好きで。まっちーこと町田樹氏が「火の鳥」をやった翌年,彼女も同じ楽曲を使用していたのだけど,その理由がまっちーに感化されて…みたいな感じで,(なんて素敵な選手!!!)と思って以来,この選手のことが好きになったのです。笑
映画のサントラくらいTSUTAYAにあるだろ~と思ったら,なんかなくて…。Amazonにもなくて…。アンドロイドユーザーなのにiTunesで買ってしまったよ。



③パトリシア・カースの【Kaas Chante Piaf】もまたデジタル音源しかなくて。“Song for Little Sparrow”を女子選手の誰かが使ってて…。あ。ロシアのポリーナ・ツルスカヤでした。彼女が使ってて,なんか弦楽でメロディーも素敵で。でもジュニアの試合ってテレビで放送しても曲名とか出してくれないしそもそも選手名も日本語で表記してくれないので,英字表示を見てぐぐるところからの捜索だったので,苦労しました。無事見つかってよかった。CD的にはボーカルなしのこの曲は作品の中のアクセント的存在っぽいので,パトリシアの歌声もじっくり聴いてみたいと思います(^ω^)

あと超いまさらながら,今日『ユーリ!on ICE』全部観ました。アニメなのに最終回泣きました。ユーリ…。私はいつからこんなスケヲタになってしまったのでしょう。エルサ先輩のせいです。たぶん。(他責)
あー。祝日が終わってしまうー。部屋片づけよう…。

Tuesday, November 21, 2017

ぎゅむぎゅむした心で

松たか子の歌声が心のオロナインだと気づいたのは大学生の時だった。今日は久しぶりにシャッフルして,聴いている。


私達は言葉を使って,考えや思いを伝えて,生きている。

けれど,

昨日ほど,言葉を重ねることに「本当」から離れて,意味のないものになっていく感覚を味わったことはない。
言葉を発したら,それだけ,悪あがきしているようにも思えた。
だからもう何を言えばいいのかもわからなくなってしまった。

それこそ,大学生の時から,『私の人生のピークは高校生で,あとはもう余生』と友達に言っていたのを覚えている。一年と少し前までは,職場でも何度も口にしていた。
もう人生に期待しない方が傷つかなくて済むと思ったし,期待したところで叶う力を自分が持っているとは到底思えなかった。
それを言うと周りの人が不快に思うこともわかっていたけど,私にはどんな価値があるのかさっぱりわからなかった。それでいていろんな人との付き合いはそこそこ持続しているのだから,価値なしだと思っている人に付き合わされている相手の皆さんからしたら,不快だったんだろう。

それでも,私も他人の中のポジティブな感情を引き起こす存在になれるのだということに気づいた。嬉しかったし生きている実感が持てた。

去年の今頃は,「人生で大事なものとは」について職場で話したことがあった。今思えば,答えはその時から出ていた。のに,どこで暮らすかというところに縛られてしまった。気がする。捨てられなかった部分。


削ったり,足したりして,生きていくはずなのに,私は削ることばかり求めてしまった気がする。
最終的に合わなければ「それまでだったんだよ」と言う人もいるけれど,一人でいることの寂しさと相手といることで満たされるものを知ってしまった今,その相手がいない人生はただただぽっかりしていて絶望的に思える。

資格は残る。仕事はまたできる。こわくない。
だけど相手がいなくなってしまったらと思うと本当にこわい。


こんなことをネットの海にざぶざぶ流していいのかしらと思うけれど,活字にして,ちょっと整理してみる。



Sunday, November 5, 2017

県大会に行ってきて。

なんか夢のような時間でした。

諸事情で大会前々日くらいに大きく予定が変わってしまったのだけれど,それはそれでフシギな出会いもあったし良かった。だいぶ,だいぶひとのお世話になってしまったけれど!!!(;∇;)


ということで有休と連休で4日お仕事から遠ざかっていたけれど,明日から通常運転。
だいじょぶかなぁ。でも心はかなりゴシゴシわしわし洗われたなぁ。
がんばらねば。

久しぶりに県大会の通しの感想なんかも書きたいなぁ。

ゆるゆるやっていこう~っと。

北信地区大会の日に出会ったアルクマ氏。あぁかわいい。こういうかわいいもの見て気持ちを落ち着ける。

Thursday, November 2, 2017

さいきん。

電話をすると決まって50分話してしまって,もはや自分自身がケースになっている説。

他人とペースを合わせていくのってムズカシイなぁと改めて感じる今日この頃。それは仕事でもプライベートでも。

今日は会議で泣きそうになってしまった。「何でそれをここで考えるんですか?」って言われて,そりゃ部署間で風通しよくしたいからですよと思ったのだけどイマイチ伝わらなくて,上司が拾ってくれたのがありがたかった。
あと別の上司は,二ヵ月前の私の事例検の資料にコメントをくれた。ありがたや…。

そう。電話を切る一番最後の「あんまりがんばりすぎないでよ」「できない無理はしないで」という些細な一言が嬉しかったり。うん。そうします。

私はあんまり話し合いがうまくないので,相手がうまくないと本当に行き詰ってしまう。くるしい。
そして返事を待っていても来ないので,結局こちらからノックしてしまう悪い癖があるのだけど,でもそのままにしたら本当に,関係そのものが,そのままになってしまう気もする。

リミットを設けているために苦しくなっているところは大いにあり,それは認めるところ。
あぁ。もう胸は痛いしぐるぐるするし,気持ち悪い。
もうこんな感情抱いてるのつらいよ。と思うから,いっそ切り離してしまいたくなる。

一緒に抱えてもらえるなら,抱え続けられる気がするんだけど。さて。

Monday, October 30, 2017

27.3

27.3。

私達の平均年齢。

去年は29.6だったから,まだ平均より下だったのに。でも平均なんてひとつでも外れ値があれば何の役にも立たない。せめて中央値だ。集団を表すのは。


今日は午前中だけ出勤だったので,大人ミーティングにいたうちの一人の子と話した。もうなんか,だいぶ遠いところに行ってしまった気がした。

26歳になる彼女に長い白髪があるのを見つけた。
苦労しているのだろうなとしみじみ思った。彼女はそれに気づいているのだろうか。


ゆっくりゆっくり喪の作業をしていこう…。
とりあえず上司をごはんに誘おう…。

昨年度抜けていった先輩達が残したものが今の人間関係にも激しく掛かってくるなんて。心理職ってなんて恐ろしい仕事なのかしら。笑


来年度の課題は,組み合わせも含めて引き継ぐケース・ケース数を調整することだな…。といっても,何人残るかわからないのだけど。

はー。私もやられないように気をつけよう~。
とりあえず喉痛いのが昨日からずっと続いてるから,困ったなぁ。

学部5年の頃。大学院が決まった辺りで実家に帰った時かな。そこから6年。